マイコプラズマ感染症の治療の基本は、原因となる微生物を叩くための抗菌薬、すなわち抗生物質による薬物療法です。しかし、マイコプラズマには一つ大きな特徴があります。それは、生物の細胞を覆う「細胞壁」を持たないという点です。風邪や様々な感染症でよく処方されるペニシリン系(アモキシシリンなど)やセフェム系といった多くの抗生物質は、この細胞壁の合成を阻害することで効果を発揮します。そのため、そもそも細胞壁を持たないマイコプラズマには、これらの薬は全く効果がありません。マイコプラズマに有効なのは、微生物のリボソームという器官に作用してタンパク質の合成を阻害するタイプの抗生物質です。具体的には、「マクロライド系」「テトラサイクリン系」「ニューキノロン系」の三種類が挙げられます。この中で、特に子どもに対しても安全性が高いとされ、第一選択薬として広く用いられてきたのが「マクロライド系」(クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)です。ところが近年、このマクロライド系抗生物質が効かない「マクロライド耐性マイコプラズマ」が世界的に、特に日本を含む東アジアで急増し、深刻な問題となっています。耐性菌に感染した場合、マクロライド系の薬を数日間服用しても一向に熱が下がらなかったり、咳が悪化し続けたりします。このような状況では、治療薬の変更を検討する必要があります。その場合の選択肢となるのが、テトラサイクリン系(ミノサイクリンなど)やニューキノロン系(トスフロキサシンなど)です。しかし、これらの薬には課題もあります。テトラサイクリン系は、8歳未満の小児に使用すると、歯が黄色く着色してしまう副作用(歯牙黄染)の可能性があるため、原則として使用されません。また、ニューキノロン系も、動物実験で関節軟骨への影響が示唆されていることから、小児への使用は慎重に行われます。したがって、医師は患者さんの年齢や重症度、地域の耐性菌の流行状況などを総合的に判断し、最適な抗生物質を選択しています。処方された薬は、症状が良くなったからといって自己判断で中断せず、必ず指示された期間を飲み切ることが、耐性菌をさらに増やさないためにも非常に重要です。