今回の事例研究では長年の耳掃除の習慣が原因で突発的な難聴のような症状を呈した五十代男性、A氏のケースを取り上げ耳掃除の「しすぎ」が物理的にどのような障害を引き起こすのかを詳細に分析します。A氏は三十年来、毎朝の洗顔後に耳かきを使用することを欠かさない、非常に清潔好きな性格でした。ある日、いつものように耳掃除をしていたところ、右耳に「ポコッ」という詰まったような感覚があり、それ以降、右側の音がこもって聞こえにくくなる自覚症状が現れました。A氏は耳の中に何かが詰まったと考え、さらに深く耳かきを差し込んで取り除こうと試みましたが、症状は悪化し、ついには自分の声が頭の中に響く自声強聴や耳鳴りまで伴うようになりました。当院を受診した際の視診では、外耳道から鼓膜に至る空間が真っ黒な硬い物質で完全に閉塞されている状態、すなわち耳垢栓塞が確認されました。驚くべきことに、その耳垢は自然にできたものではなく、長年の耳掃除によって「少しずつ奥へと押し固められた層」の積み重ねだったのです。A氏は耳掃除によって耳を綺麗にしているつもりでしたが、実は入り口で剥がれ落ちるはずの耳垢を、自らの手で鼓膜の直前へと送り込み、圧縮し続けていたのでした。治療として、まずは硬化した耳垢を柔らかくするために耳垢水を数日間点眼してもらい、その後、吸引器と専用の鉗子を用いて慎重に除去を行いました。除去された耳垢は小豆大の大きさで、その下にあった鼓膜は幸い損傷していませんでしたが、長期間の圧迫により炎症を起こして赤くなっていました。耳垢が取り除かれた瞬間にA氏の聴力は劇的に回復し、本人も「世界が明るくなったようだ」と驚かれていました。この事例が示唆するのは、耳掃除の「しすぎ」が意図に反して重度の物理的閉塞を招くという矛盾です。耳かきという細い道具は、外耳道の中では耳垢を「かき出す」よりも「奥に詰め込む」作用の方が強く働きがちです。特にA氏のように毎日掃除を繰り返していると、新しく作られた耳垢が排出される隙を与えることなく、次から次へと奥へ押し込んでしまうことになります。A氏には今後の予防策として、耳かきの使用を一切中止し、耳の不快感があれば自分では触らずに必ず受診するよう指導しました。耳掃除は一見単純な作業に見えますが、解剖学的な構造を無視した自己流のケアは、このように生活の質を著しく下げるリスクを孕んでいるのです。
耳垢を奥に押し込んで難聴になった男性の症例研究