あれは記録的な猛暑が続いていた七月の週末のことでした。二歳になる息子が夕方から急に元気がなくなり、私の膝の上でぐったりと熱くなっていることに気づきました。体温を測ると一気に三十九度六分まで跳ね上がっており、私は何が起きたのか分からずパニックに陥りました。それまで鼻水も咳もなく、昼間は元気に遊んでいたのになぜ。夜間救急へ向かう車の中で息子は苦しそうにうなり声を上げ、私は震える手で彼の小さな体を抱きしめることしかできませんでした。病院での診断はヘルパンギーナ。ライトで照らされた息子の喉の奥には、真っ赤に腫れ上がった粘膜の上に不気味な白いポツポツとした水疱がいくつも並んでいました。医師からは「明日、明後日が熱のピークです。喉が痛くて水を飲まなくなるのが一番怖いので、とにかく一口ずつでも水分を運んでください」と告げられました。帰宅してからの夜は、まさに戦場でした。解熱剤の坐薬を入れても熱は三十八度台までしか下がらず、息子は喉を指差して泣き叫びました。大好きなプリンも、冷たい麦茶も、一口含んでは痛みに顔を歪めて吐き出してしまう。私は途方に暮れながら、スプーン一杯の経口補給水を十五分おきに口元へ運ぶ作業を夜通し繰り返しました。二日目の朝、熱は依然として四十度近くありましたが、医師のアドバイスに従ってバニラアイスクリームを試したところ、冷たさが痛みを麻痺させたのか、ようやく数口飲み込んでくれました。その瞬間に感じた安堵感は、一生忘れられません。三日目の午後になり、ようやく体温が三十七度台まで落ち、息子の瞳に生気が戻ってきました。結局、熱が完全に平熱に戻るまでに四日間を要しましたが、その後の不機嫌さは熱がある時以上に凄まじく、体力の限界まで看病し続けた一週間でした。この体験を通して学んだのは、ヘルパンギーナは「熱の高さ」と「喉の痛み」のダブルパンチで子供の精神をも削る病気だということです。親ができることは、医学的な知識も大切ですが、何より「必ず治る」と信じて、本人の辛さに寄り添い続ける忍耐強さなのだと痛感しました。今、暗い寝室で高熱にうなされるわが子を前に、不安で眠れないお母さんやお父さんに伝えたいです。その熱は身体がウイルスと戦っている証拠であり、あともう少しで必ず出口が見えてきます。水分補給というバトンを繋ぎ続けてください。