私はかつて、精神科に行くことに対して激しい拒絶反応を持っていました。自分が「精神の病」を抱えていると認めることは、これまでの努力や人格すべてが否定されるような恐怖があったからです。仕事で大きな失敗が続き、上司からの叱責に怯え、夜は三時間も眠れない日々が半年以上続いていましたが、私はそれでも「もっと頑張れば元に戻れるはずだ」と自分を追い込み続けました。毎朝、駅のホームで電車を待ちながら、このまま消えてしまいたいという衝動が首をもたげるようになっても、私は内科で処方された安定剤だけで誤魔化していたのです。しかし、ある日ついに朝起きてから玄関の鍵を開けることさえできなくなり、私は糸が切れたように床に泣き崩れました。家族に抱えられるようにして訪れた精神科の待合室で、私は自分がどれほど愚かな我慢を重ねてきたのかを痛感しました。診察室で医師に今の苦しさを吐き出したとき、先生は静かに「あなたは十分すぎるほど長く、一人で戦ってきましたね。もう武器を置いていいんですよ」と言ってくれました。その言葉だけで、私の心の半分は救われたような気がしました。診断の結果は中等度のうつ病で、即座の休職と薬物療法、そして定期的なカウンセリングが始まりました。治療を開始して数週間、薬の助けを借りてようやく深く眠れるようになったとき、私は自分の脳がどれほど疲弊し、まともな判断ができない状態にあったのかを客観的に見つめることができました。あんなに執着していた仕事も、実は自分の命を削ってまで守る価値などなかったのだと気づくことができたのです。私が最も後悔しているのは、もっと早い段階、つまり「仕事に行くのが少し辛いな」と感じ始めた頃に受診しなかったことです。もしあの時に相談していれば、休職期間も短くて済み、家族にこれほどの心配をかけることもなかったでしょう。精神科に行く基準を「自力で動けなくなるまで」と考えていたことが、最大の誤算でした。現在、私は一年間の療養を経て、以前よりもずっと低いギアで、しかし着実に人生を歩み直しています。以前のような完璧主義は捨て、自分の不調に敏感になり、早めに専門家の知見を仰ぐことを自分に義務づけています。あの絶望の淵から私を引き上げてくれたのは、偏見を捨てて一歩踏み出した自分自身の決断でした。もし今、誰にも言えない苦しさを抱えて、受診を迷っている方がいるなら、伝えたいです。病院はあなたの味方であり、そこにある薬や言葉は、あなたが再び笑顔を取り戻すための最強のツールです。我慢は美徳ではなく、時に猛毒になります。自分を救えるのは、他ならぬあなた自身がプロの助けを求めるその手にかかっているのです。
限界まで我慢して精神科へ行った私の後悔と再生の記録